Blogかわきせ日記帳

書籍が持つ役割と「表現の自由」の捉え方

こんにちは、かわきせ日記帳の木村です。
昨日ビッグイシュー基金の紹介をしたので、ひさしぶりに「THE BIG ISSUE-究極の自由メディア ZINE」特集を読み返しました。今わたしはつくっていませんが、書いたものを人に買って読んでもらうことの始まりは高校時代のミニコミ、今でいうと特集タイトルにもなっているZINEにありました。ただ読んでもらう経験なら小3のクラスだよりで、一回だけガリ版で刷った覚えがあります。ちょうど小学校に輪転機が入ってきた頃で、それ以降はペンで原稿を書いてわら半紙に刷っては勝手に配っていたのでした。

■誤りと偏見にみちあふれた「米国のベストセラー」

個人の書いた文をただ読んでもらうのと、買ってもらって読んでもらうことの違い。そして買ってもらえることのすばらしさを10代ながらに感じた経験があるせいか、書籍に関する見逃せない記事がありました。4月4日(木)の読売新聞オンライン「出版中止求める脅迫があったトランスジェンダー扱う書籍を刊行…一部書店は販売見合わせ」です。

この書籍は、米国の女性ジャーナリストが、心と体の性が一致しない「トランスジェンダー」の子どもや家族に取材し、考察したノンフィクション本です(表現の自由があるとはいえ、当ブログに書名を掲載しておきたくないので、気になる方はご自身で検索ください)。出版中止を求める脅迫メールはさすがに相手側も極端だと思いますが、そもそも、この書籍は2023年にKADOKAWAが刊行を発表したものの、告知直後から多くの意見が寄せられたことで刊行中止になった背景を持っています。「多くの意見が寄せられた」というのは、内容に偏向的な記述や内容の操作があり、結論が古いデータを元にしたことによる誤った論考などから導かれるなど、書籍として数々の問題点を抱えていたからです。

一方、新たな出版元は「米国のベストセラーが日本で発行できないことに疑問を持った」と著作権代理店に出版を申し入れており、「脅迫に応じることは、出版文化と表現の自由を脅かす前例を作る」と回答したそうです。まことしやかな回答ですが、炎上と言えるほど問題になった前回の発行中止の原因を、国内の出版社が認識していないはずはありません。

ハフポストの記事を見ると、アメリカでの原版が刊行された時点で、すでに物議を醸した書籍だったとありました。医師でありトランスジェンダー研究者として若者のケアをしてきた医学博士ジャック・ターバン氏も、6つの問題点を挙げて同書を批判しています。

一つ目は、事例に取り上げた若者自身に取材せず、告白を拒絶した親の意見だけを扱い、若者が自身の親の意見だとわからないよう改変してある点です。反対派の意見だけが強調され、しかも本人からはその意見の誤りを指摘できない仕組みになっているのです。次に、新診断基準のDSM-5(精神疾患の診断と統計マニュアル第5版)の「性別違和 gender dysphoria」ではなく、トランスジェンダーでなくとも診断基準を満たすことがある「性同一性障害(gender identity disorder)」という古い診断法で持論を展開している点です。現代医学では、思春期前の子どもには自認する性に近づける治療は行わないにも関わらず、思春期前の子どもを対象とした研究論文を用いているのは大きな問題です。その他にも、自認する性に近づける医療的ケアがトランスジェンダーの若者のメンタルヘルスを改善したと示すデータを完全に無視していたり、「LGB(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル)と比較してトランスジェンダーの方がカミングアウトしやすい」などと研究データと真逆の事例を記載したり、ホルモン治療の科学文献データを読み違えていたりと、正しい情報に基づいたノンフィクションとはとても言えない内容です。ちなみに、この書籍は『バイデンの策謀』など保守派政治思想を推進するレグネリー出版社から出版されています。著者は政治とは無関係だと主張していますが、何らかの策略が働いていると考える方が普通でしょう。

先にも書いたように、現在、アメリカ精神医学会、米国小児科学会、米国内分泌学会、米国児童青年精神医学会、世界トランスジェンダー・ヘルス専門家協会などは、定められたガイドラインに臨床医が従う限り、自認する性に近づける医療的ケアをトランスジェンダーの若者に施すのは適切だという見解で一致しており、どのような治療が適切かは個々人の発達段階で異なるとしていますし、そもそも具体的な基準を満たさない若者は治療対象としていないのです。

本書は「子どもの性自認を拒絶せよ」と親たちに語りかけ、その傾向を強めようとしているとターバン氏は指摘します。思春期のトランスジェンダーの若者は嫌がらせを受けやすく、自殺率なども高いとされているのに、標準的な治療を実践する親や医師からの支援や医療を取り上げようとする行動とも言えるでしょう。さまざまな指摘からアメリカで「トランス嫌悪」として発売を中止された際、著者は「言論の自由の侵害」を主張したそうです。(脅迫メールの件があったとはいえ)かの出版社もほぼ同じようなスタンスを取っているように見えます。

■話題と売上になるならどんな内容でも売ってしまうのか

Amazonではクリック数が多ければ上位になる仕組みのため、話題性に富む偏向的な内容や刺激的な内容の書籍は、いつまで経ってもなくなりません。デマ医療の書籍が正しい標準治療を薦める書籍よりいつも上位に来ていると言えば、その仕組みが理解いただけるでしょうか。
彼らには出版者(社)としての矜恃はないのでしょうか。どんな意見も尊重されるべきだとは思いますが、これは本当に正しい「表現の自由」なのでしょうか。

人からお金を出して買ってもらい、読んでもらう。それはとても素晴らしいことだとわたしは趣味を通して学びました。そしてそれはいつしか仕事にもなりました。仕事になって相手の顔が見えない原稿ばかりになりましたが、根っこにあるのは、いつもわたしから直接ミニコミを買ってくれて「待ってたよ」と言ってくれた友達たちの期待した表情でした。書籍には人を変えるだけの力があります。だからこそ、売上重視の話題性や刺激的な内容で吊るのではなく、よい心や考え方へと繋がる存在であってほしいと思うのです。

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